伝説(136)
あとで書く
伝説(135)
我々がヴァヴァン街まで来た後、私は右へ曲ったが、それと同時に歩道から公園の中へ移行しているのに気がついた。門が閉まっているのにどうしてそうなったのか、理解できないまま。
私の二十歩前に立っていた同行者は私の方を向いた、そして彼の髯のない、恐ろしく白い顔が、光に包まれた楕円形の雰囲気を醸成し、その中心点は見知らぬ人の中にあった。彼は私についてくるよう合図を送った後、先に進み、その光を放つ環を伴ったので、彼の行くところ、暗く寒く汚れた公園が明るくなる。そしてさらに、樹や茂みや草が、彼の栄光の射程と一致する範囲で、青くなって花をつけ、彼が通り過ぎるとまた色褪せて行った。私はまた大きな美人蕉がアダムとその家族の彫像群の上に象の耳のような葉を拡げているのを認めた。またサルビア・フルゲンス、つまり火のように赤いサルビアの花壇や、桃の木や、薔薇や、実芭蕉や、蘆薈など、私の旧知のあらゆる植物をその場に認めた。ただ、それぞれについて季節がまぜこぜになっているようで、春の花が秋の花とが一緒になっていた。
しかし何よりも不思議なのは、それらのすべてが私には不思議ではなく、ごく自然で、まさにそうあるべきだと思われたことだ。それで、蜂の苑の横を通りかかった時、蜂の群が巣箱の周りに群がって、花の蜜を吸おうとしていたが、それが正確に決められた範囲においてなので、虫たちは影の中に飛んでいくと同時に消えてしまう。そしてサルビアの光に当っている部分は葉や花に覆われているが、蔭になった部分は萎れ、霜によって黒く焼かれていた。
伝説(134)
神学校の壁に沿って歩きながら、いつまで経っても終りが来ないのではないかと思う。それほど今夜は距離が測りがたいように思われる。このささやかなボナパルト街を歩くのに半時間もかかったが、普通なら5分もかからないのだ。そして私の前を歩く人影がある、その歩き方や様子が私の知っている誰かを思い出させる。私は歩みを早めた、私は走り出した。しかしその見知らぬ人はちょうどそれに見合った速度でぐんぐん道を歩いて行く。それで私には両者を分かつ隔たりを縮めることがどうしてもできなかった。
とうとう私はリュクサンブールの格子門に辿り着いた。日没後に閉まる公園は、ひっそりとして人気がなかった。樹々は裸で、境栽花壇は秋の寒気と暴風のために荒れ果てていた。しかしいい匂いが漂い、乾いた葉と新鮮な腐植の空気が漲っていた。
垣を追いながら私はリュクサンブール街を上って行ったが、前方には常に見知らぬ人の姿が見えていて、私はだんだん彼に興味を持ち出した。私のとよく似た、しかし乳白色の巡礼服を着、私よりもほっそりとして背が高く、私が前に進めば彼も前に進み、私が立ち止まると彼も立ち止まる。まるで私の動きに合わせているかのようで、私は自分が彼の道案内でもしているような気がする。しかしある状況がとりわけ私の注意を彼に引きつけた。つまり、彼の外套は強い風で煽られているのだが、それが私にはまったく認められないのだ。そのことをはっきりさせようとして、私は煙草に火を着けた。そして煙がまっすぐ上に昇り、横に棚引かないのを認めた。それで風がないという私の信念が確証された。なによりも、公園内の樹々も茂みも揺れてはいなかった。
伝説(133)
十字架に架けられた像ならば、私はいたるところで見た。おもちゃ屋でも、美術商でも、本屋でも、とりわけ美術展覧会で、劇場で、文学作品において。私はそれを自分の枕カバーの上にも、暖炉の火の中にも、スウェーデンの積雪にも、ノルマンディの海岸の断崖にも見た。彼は再来の準備をしているのであろうか、それともすでに到着しているのか。彼の望むものは何だろう。
このボナパルト街の窓の中の彼は、すでに十字架に架けられた者ではない。彼はその天国から勝利者として来ていて、黄金と宝石とで輝くばかりだ。彼は下層民と同じように貴族主義者になったのだろうか。彼は青年たちが夢みる「よき暴君」なのであろうか。平和をもたらす、輝かしい英雄なのだろうか。
彼は十字架を棄ててふたたび笏を手にした。彼の神殿がマルスの丘(以前は殉教者の丘と呼ばれた)に建つや否や、彼はやってきて自ら世界を支配する。そして王座から不信の代理人を突きのけるが、この代理人は「恥辱のヴァチカン」で数え上げられた一万一千の部屋が狭すぎると思い、豪華な幽閉生活をかこち、詩作の方面で小さい放蕩に耽って時間をつぶすのだ。
私が救済者を後にしてサンシュルピス広場まで来ると、教会がずいぶん遠くにあるように見えるので驚いた。少なくとも一キロは離れて見える。噴泉もそれに比例している。私は距離を測る感覚を失ってしまったのだろうか。
伝説(132)
七時半に新聞売りがラプレス紙の到着を大声で知らせる。これは私には出発の合図なのである。私が卓に座ったまま、まだデザートを食べたりあと一杯葡萄酒を飲んだりすれば、あれやこれやの仕方で苦しめられるのは必定なのだ。それは私の向かいに座っている高等淫売かもしれないし、そこらをうろついて私に罵声を浴びせかける不良少年かもしれない。私は食養生を課された身であり、この上さらに三皿の料理と壜半分の葡萄酒を取るなら、確実に懲罰が下るだろう。食事の際に羽目を外すという当初の試みも、このような形で中断されてみれば、無茶をする気は跡形もなく消え失せ、半分しか報われない状態を甘受するほかなかった。
そんなわけで私は卓から立ち上がって、ボナパルト街へ向かい、そこからさらにリュクサンブール公園の方に上って行った。
ゴズラン街の角で煙草を買い、「金雉」亭を通り過ぎる。デュフール街の角で、的確な自然主義で描かれたキリストの絵の横に立ち止まる。霊的志向の芸術は、ゾラ文芸と闘っている間は、写実主義の精神を免れ得なかった。そしてこのベールゼブブの助けによって、もう一方が追放されなければならない。これらの絵を注視せずに通り過ぎるのは不可能だ。生きたモデルを使って描かれたかのようで、その色彩は印象派のようにけばけばしいのだから。
店は閉まっていて、闇に包まれていた。そして救世主は、ローマ皇帝風の寛衣を着、ガス燈に照らされて、血の滴る心臓を見せ、頭に茨の冠をかぶってそこに立っていた。もう一年以上も前から私は救世主に追われていたが、彼を理解するでもなく、私は自分の十字架を背負いつつ、できるものなら彼の助けを不要なものにしてしまいたかった。それは反対するものを卑怯と見なし、己の罪を罪なき者の肩に担わせる、男性的な高慢の名残なのである。